ちびちゃまの毎日が夏休み

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ちびちゃまの毎日が夏休み🌻

介護の末18才でお空に旅立った愛犬の後に生後2ヶ月で我が家にやってきた柴犬ちびちゃま。大人しいかと思いきや、まさかの気の強め女子に悪戦苦闘の日々です

震度7を経験して。どんな感じだったか、何が大変だったかお話します。

 

 

震度7はどんな感じか。私の経験をお話します。

   

2018年9月6日、深夜3時過ぎ、

私たちの住む町が震度7の激しい揺れに襲われた。

寝ていると、突然の激しい揺れに目が覚める。

地震とすぐにわからないくらいの衝撃がきた。

ミサイルが落とされ、いたるところですごい爆発が起こって、戦争が始まったのかと揺れの中本当にそう思った。

もちろん、起き上がろうなんて考える余裕はなく、ただただ揺れがおさまるのを待った。

怖くて怖くて目をあけていられなかった。

震度5くらいの経験は今まであったけれど、比較になるレベルではなかった。

 

これはのちに、北海道胆振東部地震と名付けられ、

火力発電所がダウンし、北海道全体がブラックアウト、

暗闇につつまれ、各地に様々な被害をもたらした地震となりました。

 

 https://ja.m.wikipedia.org/wiki/北海道胆振東部地震

 

幸い、この地震による津波はなく、

もし津波が来たとすればもっともっと被害は大きかったでしょう。

 

 

水が出ない、電気が通らない、情報が入ってこない、食べるものがない

情報が入ってこない

やっと揺れがおさまり、まだ暗がりだったので部屋の電気をまずつけようとした。が、つかない。

停電だった。

携帯の光を頼りに歩こうとするが、足に何かがぶつかる。揺れにより、落ちたものが散乱していた。

震度5くらいの地震で物が倒れたりしてもほんのわずかだった。思わず、何これ?!と叫ぶレベルだった。

 

 

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実家の食器棚です

 

 

少し外が明るくなってから、実家を確認に行くため車を走らせる。

山の方へ向かう道は既に通行できなくなっていた。

いたるところの道路には亀裂、橋には段差。

町中の大きく太いコンクリートの電柱が倒れていた。目を疑った。

 

そのうちに、空を飛び交うヘリコプターの音、自衛隊の車両、救急車両。

これは、ただ事ではないとわかったが、まずテレビが映らなく情報が入ってこない。携帯の電波も悪い。

ましてやラジオなど、用意していない。

さらには携帯のモバイルバッテリーすらなく、どんどん充電が減っていく。

 

そのうち、車のテレビが見れることにやっと気がついた。

そこに映し出されたのは山で土砂崩れが起こって、山際の民家が飲み込まれている信じられない映像だった。

 

水が出ない

 

かなりのショックを受けながらも私には助けに行くこともできない。

私達がやらなければいけないことは、

自分たちが生きていく為に必要なものを揃えることだった。

地震直後に水道をひねったら、ちょろちょろとわずかに水がでてきたところをコップにとりあえず入れた。

口の渇きを潤す分もない。

まずは、水が必要だ。

幸い、その日の昼頃には自衛隊の給水車が到着していた。

でも、今度は必要なだけの水を入れる容器がない。

ポリタンクがない。

とりあえず給水所にいくと、後から返してくれることを条件にポリタンクを貸してくれたので本当に助かった。

 

食べるものがない

 

我が家の食品の補充は週末。

地震が起きたのは木曜日だったのでそろそろ食品も枯渇していた。

早くも設置されていた避難所に向かうと、既に避難している人や食事を貰いにきている人でごった返していた。

カップラーメンと災害用のカレーが段ボールに僅かだけ残っていた。

それを分けてもらい、家の冷凍庫にあった焼き鳥を

実家のガスコンロで焼いて食べた。

わたしの家には、IHのコンロばかりで、卓上ガスコンロもなかった。

 

次の日の夜、また避難所に何か食べるものはあるかと思い向かったが、何もなかった。

いつ行っても、食べ物が豊富にあるはずはなかった。

でも、携帯を充電できる機材が入っていたので、大変助かった。

 

スーパーも、1人7点までの購入制限がかかり、少なくはなっていたが

なんとか電池や缶詰を買うことが出来た。

 

もちろんシャワーも入れない

 

私の住む場所は、水が出るまで1週間かかった。

自衛隊の設置してくれたお風呂にも1回だけお世話になった。慣れない場所でなぜかボディソープが見つからず、持っていったシャンプーで体を洗う。

細かいことはいってられない。

入れただけでもありがたい。

洗顔もなかなか大変で、最初はなぜか実家に沢山あった緑茶のペットボトルで洗った。

こんな時でないと、決してそんなことはしなかっただろう。

そして、普段あたりまえのように水を沢山流しながらやっていた洗顔でさえ、大量の水を使うことに改めて気がつく。

1.5リットルのペットボトルに入れて、片手の手のひらに注ぎ何とか洗ったが、1回でほとんどなくなる。

食事のあとの洗い物もそう。

なるべく、洗い物が出ないようにしていたけれど、

これも大量に水を消費する。

あの状況の中で、普段通りのご飯支度をする気には全くなれないのだけど。

 

水洗トイレはどうすればいいのか

 

当初、私達は、用を足した後、もちろん水もないのだけれど流してはいけない気がしたので

大きなポリ袋をトイレの座るところに設置した。

そして、中にはペットシートを敷いた。

少しは役にたった気がする。

そののち、水のストックが貯まってきて、トイレを流してもいいとわかったので

流すようになるが、これもかなりの量を使った。

   

 

災害時に何が必要だったか

 

私達の町は、大きな地震がくると予想されていない地域でした。

わかってはいたけれども、

ご覧のように災害時の備えは一切といっていいほどしていませんでした。

私の経験をもとに、本当に必要だったものをあげてみました。

災害にも水害などありますが、

これは、断水、停電時の自宅避難で私が必要だと思ったものです。

 


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水を入れるタンク、コック付きのもの

→コックがついていれば、食器を洗う際や洗面時に便利です。

電池、ランタン、センサーライトのようなもの。あればあるだけ良い。

→電灯がつかないと本当に暗いです。1個だけではなく、トイレ用など灯りは何個あってもいいです

カセットコンロ、カセットガス

→オール電化の家だと、停電になると調理もできません。カセットガスもどれくらいの時間使えるのか確認して用意をしましょう

カセットガスストーブ

→災害は寒い冬にもやってくるかもしれません

モバイルバッテリー

→モバイルバッテリー自体も日頃から充電しておきましょう

使い捨ての紙皿、紙コップ、割りばし

→洗い物を少なくするには必要不可欠です

ウェットティッシュ

→手もまともに洗えなくなるので、余裕を持って用意しましょう

ポリ袋

→先にお話した、トイレで使ったり、壊れたものやゴミが大量にでるので大きいものが便利です

日持ちのする食品。缶詰、レトルトカレー、ご飯、カップラーメンなど

→災害時には最低3日分は用意したほうがいいと言われます。定期的に賞味期限を確認しましょう。大抵のレトルト食品は案外賞味期限が短いです。

長期保存可能なペットボトル入りの水

→慌てて水を貰いにいかなくてもいいように、ある程度は準備したほうが良いです

新聞紙、軍手、スリッパ

→割れた食器を包むのに新聞紙や、軍手、掃除機もかけられないので足に破片が刺さらないようにスリッパが必要です

 

 それと、みなさんはお風呂に入った後、湯船の水はすぐ捨てていますか?

捨てないでとっておくと、トイレの水を流すのに使えたり、拭き掃除をしたりと色々使えます。亡くなった祖父が、風呂の水は捨てるものじゃないと言っていたそうです。

 

 この地震や亡くなった愛犬が教えてくれたこと、命より大切なものはない

 

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18歳でお空にいった愛犬

 

先代の愛犬は、この地震のあと1週間後に体調を崩して亡くなりました。

大きな地震の後、体調を崩す動物が多いそうです。

地震のあとに私達が普段と違う様子を見て、ストレスをかけてしまったかもしれません。

 

最近、コロナもそうですが日本で地震が多いように感じます。

私達の町も大きな地震が来ると言われていなかった場所です。

 

人間の想定には到底及ばず、

自然災害はいつでもどこでも起こりうるものだと思います。

災害が起きた時に、必要な物を揃えておくことによって、

私も少しは落ち着いて行動できたかも知れません。

愛犬の負担も、少しは減ったかもしれない。

命より、大切なものはありません。

みなさんも、大切なものを守るため、今一度考えてみて下さいね。

 

各自治体で出している災害ハザードマップにつながります。

みなさんの地域にどんなリスクがあるのか調べることが出来ます。

 

↓↓↓↓↓↓↓

https://disaportal.gsi.go.jp/hazardmap/index.html

 

最後に

 

被災地には、自衛隊の方々をはじめ、

北海道内の消防のみならず、本州からの救助が沢山入りました。本州の地名が書かれた救急車両を沢山みました。災害救助犬も来てくれました。

こんな海を挟んだ田舎の町まで来てくださって、本当に心強く、ありがたいと思いました。

自衛隊の方の炊き出し、ボランティアの方、沢山のお店の方の善意、忘れません。

 

私も、この地震で、自分の仕事は人の役に立っているのか、このままでいいのか、

悩みました。

でも、命より大切なものはない、

生きているだけで素晴らしい、のです。

周りや今あるものに感謝して、1日1日を大事にしたいものです。